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The Marmot Underground & Eco

日常のさまざまな事柄について綴ります。

【考察】「ブレンディのCM」はなぜ「遅れて騒がれた」のか!?

tettyagi.hatenablog.com

はてなでエントリされた記事がある。

ネット界隈ではみなさん既にご存じかと思う。

さて、私が不思議に思うのは

「なんでこんなタイミングで騒いでいるの?」

ということ。

そもそもこのキャンペーンは2014年11月から2015年8月までのもので、もう2ヵ月も過ぎている。「炎上商法」としても意味はない。

withnews.jp

このCMはしっかり作り込みがなされており、構成された世界観が視聴者に伝わり、高校生には「身につまされる」面もあると思う。

卒業証書授与の場面で残酷な人生の分岐点を迎えるが、入試や就職も結果がときに残酷な事もある。

メッセージとしては「努力に努力を重ねた結果最高の進路(ブレンディ)をつかみ取ることが出来た」=そんな最高のミルクを惜しげもなく使ったブレンディのイメージに繋げる。

また、校長の「濃いミルクを出し続けるんだよ」の言葉が今回の新パッケージに掲げられたロゴ「特濃牛乳100%」に繋がるーーというもの。

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私が思うにこのCMを昨年末から今夏に渡っての期間で叩けなかった理由は「ネットユーザーの限界」を示した興味深い事象と思う。

まずこのCMを「深読みし過ぎていた」

 

ネットユーザーに限らず日本人自体が深読みし過ぎる傾向があり(良い方面で出るとそれは「察する」や「配慮」となる)それは憶測や妄想となる。

 

その意味で、このCMはある種「安易に叩きにくい哲学性」を醸し出している。

単純な「良い悪い」を受け付けにくい感触。

迂闊に叩けば「オマエ○○を知らないのか?」と逆にあさっての方向から揶揄される恐れを感じさせる。

 

作品としては一見、ジョージ・オーウェル「1984」のように管理・統制が敷かれた恐怖社会を感じさせなくもないが、

私はおそらくカズオイシグロの「私を離さないで」が下敷きであったのではと思う。(ヘールシャムを学校とした場合に。映画「アイランド」も似ている)

ともかくこの辺りが「躊躇を生んだ」のではないか。

結局Youtubeを観た海外の声が夏以降挙がりはじめ、それを確認した上でやっと「叩いていいんだ!?」なんて事になったのでは。

このへんの「海外の声を頼りにする」のは古来からの日本人らしい性質(価値判断)といえばらしい。

ネット界隈の「リテラシー閾値」を感じさせる興味深い事象であった。

私個人はよくできた面白いCMだと思うし、愉しんで済ませればいいレベルとも思う。

ただしTVドラマなら放映中止になりそうだ。これは現在日本のTVのビジネスモデルの問題でもあるが、それはまた別の機会に。

 

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

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